2011年4月30日 (土)

Meine Augen, Spiegel und Solipsismus

Ich sehe meine Augen nicht, die die (meine) Welt sehen. Man sagt aber: ich kann doch meine im Spiegel schauen. Wenn du mit der tiefen Überzeugung diesen Satz verneinen kannst, so bist du in der Lage, den Solipsismus von Grund her zu verstehen.

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2011年2月 8日 (火)

ワイマール滞在(番外編)――Schulpforta(シュールフォルタ)

Schulpforta_42008年11月から2009年1月にかけての、ワイマール古典財団(Klassik Stiftung Weimar)の招待によるワイマール研究滞在。この件について、かつて一連の記事にまとめた。しかしその際、記事にしていない写真などがあったので、時々掲載して行こうと思う。

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今回はSchulpforta(シュールフォルタ)について。ここを私が訪れた時の話は、一度記事にまとめたが、その付け足しになる。

Schulpforta。この名前は、多くの人には未知に留まるであろう。この名前が、ドイツ文化興隆に少なからず寄与した人々の出身校であるという事実を知るまでは。ニーチェ、フィヒテ、クロップシュトック、A.フンボルト、シュレーゲル兄弟、ノヴァーリス、ランケなど。

フォルタの土台が築かれたのは12世紀半ばまで遡る。フランスのシトー派の僧侶がゲルマン系およびスラブ系民族をキリスト教に改宗させるために、この地に流入、そして修道院を建設。

この地を学校(ギムナジウム)として機能させるようにしたのは、ザクセン公モーリッツであった。彼は1543年、修道院を学校に改造させ、さらには、先生や生徒が生活できるようにさらなる施設を改築・増築させた。寄宿寮、遊技場、水泳場、広大な庭園など。

俗世間から隔絶しているだけに、それだけ一層、この地は自立的生活が営まれるように造られている。私が訪れた時、学校内は様々な施設(古風なものばかりであったが)があったことに感銘を受けた。畑を耕す耕運機さえあった。

かつての教育の重点は古典語学習であった。すなわち、ギリシア・ラテン文化を貫く人文主義的精神の育成。上述の出身者の面々を見れば納得が行くことであろう。現代では、音楽教育や自然科学教育にも力点を置いている。

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実際に私が訪れて驚かされたのは、生徒達の礼儀よさであった。見ず知らずの日本人や、私の連れのロシア人研究者にも、丁寧に次々と挨拶をしてくる。見学者の存在に慣れているということと、伝統ある高校にいるという意識がそうさせるのであろうか。

私は、この地を訪れる数日前、ワイマールで研究発表を終え、解放感にひたっていた。そのために、幾らか饒舌になっていたのであろう。生徒達にあまりにも多く話しかけすぎた。しかし、不躾な様々な質問にも丁寧に答えてくれたのはあり難かった。

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Schulpforta

学校の内部。回廊になっている。

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卒業生の名前。フィヒテとニーチェ。

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学校の建物。

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学校の外に出ればこのような長閑な景色が続く。シュールフォルタは本当に世間とは隔絶している。

シュールフォルタのHP

ドイツ語http://www.landesschule-pforta.de/index.php

英語http://www.landesschule-pforta.de/index.php?a=en&z=intro

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2011年1月29日 (土)

ベートーヴェン弦楽四重奏全集(Wiener Musikverein Quartettによる)

4997184907873日本人の友人から、Wiener Musikverein Quartettによるベートーヴェン弦楽四重奏全集を借りた。日本のタワーレコードが発売に関与しているらしい。Wiener Musikverein Quartettとは何か?私には初耳であった。以下に説明

1993年の結成20周年を目して1990年から3年がかりで録音した、ウィーン・ムジークフェラインSQの『ベートーヴェン/弦楽四重奏曲全曲BOXセット』の復刻リリースが実現しました。このクァルテットは、ウィーン・フィルの現役コンサート・マスター、ライナー・キュッヒルが率いる1973年に結成した弦楽四重奏団で、ウィーンの伝統と現代的な感覚を融合した、生命力みなぎるフレッシュな演奏で今もなお聴衆を魅了しています。

期待に満ちて、早速「Razumovsky」の第一番(Op.59-1)を聴く。絶句。比喩を用いて語れば以下の如くなる。おめかしをした音符が次から次にスピーカーから飛び出し、銘々の音符が鏡の前で自分自身の美しい姿に見惚れている。ここにはもはや、私が知っているベートーヴェンの弦楽四重奏の曲はなかった。

Alban Berg Q.、 Smetana Q.、 Lasalle Q.、 Budapest Q.――私がこれまで聴いてきたこれらの四重奏団は、それぞれの方法でベートーヴェンの作品の内実を掴み、なお且つそれを表現しようと奮闘していた。そのような印象を私は持っている。しかし、WMQ(Wiener Musikverein Quartettの略)の四重奏団は明らかにこれらとは違っている。WMQのものは軽く流して聴くことができる。BGMとしての音楽――ベートーヴェンの四重奏は、特に中期以降のものは、そのようには聴けないのだが。

BGMには不向きであるような激しい曲はどうであろう?例えば・・・

  • 1.弦楽4重奏第9番の第四楽章Allegro molto(ハ長調)・・・フーガ形式とソナタ形式を統合した作品。交響曲第三番(ハ長調)とピアノソナタ第21番(ハ長調/ワルトシュタイン)の壮大な建築性と力強い力動性を引き継いでいる。その中でフーガが嵐のごとく吹き荒れている。
  • 2.第10番第三楽章Presto・・・ハ短調。同じ調性の作品、交響曲第五番を想起させる内容。
  • 3.大フーガ(Op.133)・・・狂想的なものを堅固な形式にはめ込んだもの。

・・・驚くべきことに聞き流すことができる。1と2は、実に軽快かつ爽快に響く。3は、少々風変わりなBGMといった印象。

Wiener Musikverein Quartettによるベートーヴェン弦楽四重奏全集。全体として見れば、その内、飛行機の離着陸時のBGMに使用されるのではないのか、そう思ってしまうほど、実に軽快な演奏であった。

軽快で「お洒落」な演奏はベートーヴェンに似つかわしくない。そう私は考えているわけではない。むしろ、時には、このような演奏を聴くのも良いかも知れない。「ベートーヴェンの中期はこうであり、後期はこうあるべきだ」という固定観念に多くの人はとりつかれている。一度、それらを洗い流し、そして新たな気持ちでベートーヴェンの曲に向かい合えるようにするために。

ただ、初めてベートーヴェンの弦楽四重奏を聴く人には、WMQのものはお勧めしないであろう。

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      2011年1月23日 (日)

      ブラームスについて

      ブラームスは模倣する。古き偉大なる様式から、あるいは異国風近代的で偉大なる様式から剽窃する。彼はコピーの大家(Meister in der Copie)なのである。・・・(中略)・・・人は、ブラームスをベートーヴェンの相続人(den Erben Beethoven's)と呼びたがる。私はこれ以上に注意深い婉曲な言い回しを知らない。

         ~ニーチェ『ワーグナーの場合(Der Fall Wagner)』からの拙訳

      ――

      形式の剽窃。例えば、典型的「亜流」(typischer „Epigone“)としてのブラームス。

        ~ニーチェ。1885年の遺稿から。

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      Imagescamlxu5q_2私には音楽への素朴な主観的印象を語ることはできても、何らかの確固とした客観的立場を元に音楽を論じる資格はない。素人音楽愛好家を自認する私には、それはあまりにも不遜な課題であるから。私はしかしながら、ここでは敢えてそれを為そう。ブログという、半ば私的な空間内でならば、それも許されよう。

      ブラームス。彼の交響曲は「私の趣味」には合わないのだが、しかし、彼の幾つかの室内楽や三つの協奏曲(ピアノ2、ヴァイオリン1)を比較的好んでいる(「高く評価している」という批評家的表現は敢えて使用しない)。

      それにも関わらず、私は彼の音楽にはずっと以前から二つの疑念を抱いてきた。

      1. 偉大な先人たちの遺産の利用について。
      2. 悲劇的要素の「見せかけ」について(くだけた表現で言えば、「悲壮ぶる態度」)。

      1.ブラームスの曲には、所々、ブラームス以前の音楽家の曲の要素が見受けられる。有名な例としては、交響曲第一番とベートーヴェンの交響曲との関係である。ブラームス第一番の第一楽章と第三楽章には、ベートーヴェンの『運命』に相似した音型が、また、第4楽章の中心的主題は、これまたベートーヴェンの『歓喜』の主題と似通った要素がある(さらなる例としては、ブラームスの弦楽六重奏とモーツァルトの弦楽四重奏)。

      先人たちの遺産を学び、なお且つ、それを自分の創作活動に役立てること。このこと自体 は問題にならない。かつてモーツァルトもベートーヴェンも、先人の業績から学び、それを自己流に消化して、そうして芸術創造へと役立てていった(モーツァルトのいわゆる「ハイドンセット」と呼ばれる弦楽4重奏など)。
      Imagescatvpome_2
      ブラームスの曲にはしかしながら、先人たちの創作の痕跡が、素人の主観的判断だが、 それほど形を変えないまま残っているように思われて仕方がなかった。
      ニーチェもまた同様の印象を抱いていたらしい。それどころか、彼はブラームスのことを躊躇うことなく、「コピーの大家(Meister in der Copie)」と名付けている。
      以上が一つ目の疑念である。二つ目のものについてはまた別の機会に。
      ―――
      ちなみに、ニーチェが引用の文章でブラームスを低く評価しているのは、例のワーグナー・ブラームス論争とは全く関係ない。ニーチェは、ワーグナーを援護するためにブラームスを攻撃しているのではない。上述の引用が、ニーチェが「反ワーグナー主義者」として、ワーグナーを批判している箇所であることに注意を喚起しておきたい。

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      2011年1月 3日 (月)

      創作者と作品の関係

      エーミール・シュタイガーEmil Staigerとヴォルフガング・カイザーWolfgang Kayserによって提唱された「作品内在解釈法die werkimmanente Interpretation」。この学問の方法は、旧来の文学研究方法を時代遅れのものにした。すなわち、作品を創作者との関係で論じる研究方法である(例えば、ディルタイの『体験と創作』)。

      この時点を契機に、以降、創作者を度外視した様々な作品解釈方法が、あるいは文学研究流派が次々と生まれ出た(ロシア・フォルマリズムや受容理論など)。

      私もまた、文学研究の方法としてこの方向を支持する――自分の私的印象に創作者の伝記的要素を適当に織り交ぜて批評している、無反省な文学研究者を横目で見やりながら。

      ――

      戦後の音楽批評もまた、文学研究方法の変化と並行する形で変遷発展してきたのだろう。すなわち、作曲家の状態を無視する形で(例えば、メルスマンの『音楽と現象学。時間と音楽』)。

      230pxbeethovenしかしながら、ベートーヴェンの音楽を聴くとき、私は創作者の精神的態度や伝記的要素を度外視することができなくなる。弦楽四重奏第7番の第三楽章、あるいはピアノ協奏曲第5番の第二楽章、交響曲第6番の第二楽章、あるいは作品番号106のピアノソナタ『ハンマークラヴィーァ』第三楽章を聴くとき。

      これらの曲には耳目を引き付けるような派手さはない。比喩的に表現することが許されるならば、それらは湖の静寂さそのものである。それにも関わらず、私は大きな驚愕と共に問わずにはおれなくなる。一体、どのような人が己の体験から知っているのだろうか?あの極度に繊細な感情の揺れ、おそらくほとんどの人が見落としているであろうような精神の極めて微妙な色具合を。悲痛の響き中に希望が、苦悩の中にも歓喜への予兆が、逆に、暖かな幸福感の中に冷たい憂いが。

      私は問う、これを知る人はよほどの体験を積み重ねてきた人物に違いないのではなかろうか。また、ただ単に体験を積み重ねただけではなく、それらの体験が喚起する精神の揺れを大から小に至るまで把握し、それを表現する強い意志の力を持っていた人に違いないと。

      私はベートーヴェンの伝記を2,3の著書で読み知っているが、しかし、たとえ私がそれを知らなくとも、曲だけでベートーヴェンの人物像と抽象的意味における伝記的要素を推測することができるであろうし、彼の曲を聴いただけで、これを創り出した人物の精神への畏敬の念で満たされる。

      ――

      結局、作品と創作者とは不可分であるという命題は、私の文学研究への態度に反して、真実である。文学作品とは、それを生み出した創作者の生そのものの表出である。Tolstoi03

      死の直前まで「いかに生きるか」という課題に苦悩したトルストイ、流刑に処されて銃殺刑 目前まで至ったドストエフスキー。彼らの言葉には重みがある。たとえ彼らの伝記を知らなくとも、彼らの作品を読む者は、重々しい精神の刻印を感じ取るに違いない。

      昨今の文学作品や散文の類を目にすると、言葉だけが独り歩きしているように感じられる。確かに、皆はある程度高い教養もあり、多くの学術用語も知っている。が、しかし、何かが足りない。重さなのだろうか。言葉に彼らの存在そのものが追いついていない状態。あたかも、中学生が覚えたての、使用法も意味もわからない小難しい述語をぺダンチックに書きなぐっているだけに思われる。多量に垂れ流される述語の群れ。言葉の意味が慎重に吟味されることなく、自分の経験と照らし合わされることなく。

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      2010年12月30日 (木)

      ある冬の日の出来事

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      夕方時、私は書き物机の前に座って、バッハの曲を聴いていた。机上には、仕上げを待つ仕事の山と、読まれるべき本の山とを残したまま。

      ふと、周囲の光の具合の変化に気づいて、私は左後方の壁に視線を移した。そこには、オレンジ色の光が輝いていた。夕日を燦々と浴びて。

      すべての事物がその色彩を無くす冬の空の下、久しぶりに目にした、きらびやかな色彩であった。

      太陽がその朗らかな顔を分厚い雲の中から出し、私の左後方の壁を照らし出していた。

      私はこころよい夢見心地の中、またもや前を向き、目をつぶる。そうして考え事に耽る。やがてバッハの音楽が終わり、静寂が支配する。私は再度左後方を見やる。

      すでにオレンジ色の光は雲散霧消し、白壁は灰色の鈍い光を放っていた。聴こえるものは、木枯らしが舞う音だけ。

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      2010年12月26日 (日)

      ワイマール滞在(番外編)――ニーチェの部屋

      2008年11月から2009年1月にかけてのワイマール研究滞在。この件について、かつて一連の記事にまとめた。しかしその際、記事にしていない写真などがあったので、時々掲載して行こうと思う。

      今回はニーチェがかつて実際に生活していた部屋の様子について。ニーチェが精神の闇に沈んだ後、その晩年を送ったのは、ワイマールのフンボルト通りにあるニーチェ文庫Nietzsche-Archivである。この建物は、地下一階、地上3階建てからなる。

      一階は展示室兼講演会場。それ以上の階は、研究者が滞在する部屋になっている。私は最上階の角部屋であったが、彼の部屋は、下の階(つまり2階)であった。

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      上の写真はニーチェ文庫をフンボルト通りから撮ったものである。2階の右端に、出窓が見える。これが、ニーチェが実際に生活していた部屋である。私がワイマールに行った当初から、ここにはすでに別の研究者が寝泊りしていた。彼女はスイスの、ある大学の哲学講師であった。

      私は躊躇していた。彼女に部屋を見せてもらえるように頼むことを。その不躾な内容ゆえに。しかし、同時期に来ていた中国人教授(独文研究者)が、かなり積極的であり、スイス人研究者にこの件を頼んでくれた。

      彼女は、快く自分の部屋を我々に見せてくれ、さらにはニーチェとの関連で様々な説明をしてくれた(写真、かつてのニーチェの部屋)。

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      2010年12月22日 (水)

      芸術家(メモ)

      現代の自称芸術家たち。商取引。市場の動向。「成功」。「脂ぎった肥満」。現代の(自称)芸術家とは何ぞや。ルカーチおよびガーダマーのそれへの言及。前者は批判的に後者は分析的中立的に。

      困窮の中の創造。モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ヘルダーリン。

      現代の「芸術家」という言葉の濫用。あるいは、「(自称)芸術家」の価値の高騰。

      芸術とは何か。芸術家とは。そして創造とは。

      ―――

      Der schaffende Mozart: ein spielendes Kind. Ein Spiel des Schaffens, ein sich Rollendes, eine erste Bewegung, Unschuld des Werdens.

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      2010年12月18日 (土)

      CDを購入する意味

      この二週間ほどで10数枚のCDを購入した。ところが――雑然と並べられたCDを見ていると――一つ疑問点が浮かび上がって来る。CDをわざわざ購入する意味はあるのだろうか。CDは所詮、コンピューターにデジタル情報として記憶させてしまえば、もはや無用の長物となってしまうのではなかろうか。なぜなら、私は音楽をPCに取り付けられたスピーカーを通して聴くのだから(CDコンポやラジカセで聴くならまだしも)。

      私は、CDについては、それを所有する喜びを持たない。例えばレコード・CDコレクター達が有しているような。むしろ荷物が増えてしまったことへの懸念の方が大きい。引越しが多い身の上としては、この心配は決して過小評価できない。「できるだけ身軽に」が、私の生活信条である。

      従って、CDを購入する意味はないように思われる。アマゾンなどで、デジタル情報を購入した方が良いのではなかろうか。

      ――

      もしもCDを所有することに意味があるとするならば、CD付属の解説文(いわゆるライナーノーツ)の充実振りにあるだろう。ところが、ほとんどのものは、私にとっては情報価値は限りなくゼロに近い。なぜなら、書かれている内容は、ほとんど知っている内容であったり、あるいは、インターネットで簡単に調べられることだから。例えば、作曲者、曲の成立史、あるいは演奏者の経歴など。

      私がむしろ知りたいのはむしろ、容易には近づき難い情報である。例えばその曲がどのような状況で録音されたのか、演奏者はどのような経緯でその仕事を引き受けたのか、あるいは演41c1whvz4kl__aa115_奏者は自分が演奏する曲についてどのような知見を抱いているのか。その良い例として次の二つのCDを挙げておきたい。

      1つ目は、グルダ演奏のバッハ平均律クラヴィーア曲集のCD。グルダによる解説が書かれている。

      2つ目は、バッハのクラヴィーア協奏曲(演奏グレン・グールド/指揮バーンシュタイン)のCD。グールドによる解説ではないが、グールドの発言も交えて、録音に至るまでの経緯が詳細に述べられている。

      しかし残念ながら、このような充実した内容のライナーノーツは稀有であろう。

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      2010年12月17日 (金)

      通俗心理学と通俗科学

      「通念」とは何か。

      徹底的吟味を経ずして、ただ単に、遍く人々の間で信じられているという理由から――換言すれば一種の多数決の原理から――真なりと思い込まれている「単なる意見」のこと。

      では、現代でまかり通っている通念とは何か。その一例は以下のように表現できる。

      科学的根拠に支えられた言説は真である。従って、人間は、銘々の生き方の指針を例えば行動科学、社会科学、(実用)心理学、生理学、動物行動学などに問い尋ねるべきである。

      ―――

      このような姿勢が生み出してきたもの、それは「通俗心理学」と「通俗科学」でしかない。

      ―――

      1.個々の科学的知見が、無反省にも拡大解釈され、人間存在に適用されることの正当性はいかに(例えば動物行動学に由来する個々の知識が人間の生全体へと適用されるなど)。

      2.個々の科学的知見が、いとも容易に人間存在のアナロジーにされてしまうことの正当性やいかに。

      ―――

      一方では通俗科学への盲従があり、他方、原理的宗教の混濁とした教義への盲信が。

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      «知性の没落